霧が登り道を分ける
濃密な岩と木々が画面下部に集まります。その上では、淡い横の帯が風景を中断し、さらに上方で遠い形が再び現れます。霧は単なる空白の背景ではありません。間隔を設け、筆で描かれた部分と紙の余白が交互に現れる中を、視線が登れるようにします。
杖を持つ小さな人物が、下方の林を進みます。その小ささによって近くの幹は森となり、縦の道のりは、細長い紙幅から想像される以上に長く感じられます。
題名が目に聴くことを求める
描かれたものが実際に音を出すことはありません。それでも題名は、葉擦れ、足音、枝を渡る風へ注意を向けます。わずかに描かれた人物は、この感覚の世界を征服するのではなく、その中で足を止めているように見えます。見ることは、視界の外にあるものを想像する行為になります。
メトロポリタン美術館は、張風の関連する山水画について、松籟や流れる水を含む、視覚像と詩的イメージの交わりを探るものと説明します。音もまた、彼の描く場所を理解する手がかりでした。
灰色の下に赤が残る
間近で見ると、地面に赤い筆触があることが分かります。クリーヴランド美術館は、明の皇室の姓「朱」が赤を意味することから、この色を滅びた明王朝への張風の忠節と結び付けています。しるしは意図して控えめです。政治的な記憶は旗のように現れず、大地の中に残り続けます。
この細部によって、抑えた色調の意味が変わります。墨、霜、霧は当初ほとんど無彩色に見えるかもしれません。しかし小さな赤い印は、色彩に歴史への忠節を担わせます。
王朝の交代後、隠棲の道へ
張風は、1644年に明が崩壊する直前、地方の科挙に合格しました。新たな清朝に仕えることを拒み、時には仏門に入って暮らしました。メトロポリタン美術館が所蔵する1644年の年記を持つ画冊と、後年の《石橋》は、ともに孤独な山水を、この遺民としての隠棲に結び付けています。
霧の中の旅人を、文字どおりの自画像とみなす必要はありません。それでも彼は、張風の芸術を形づくった問題を体現しえます。失われたものへの忠節を保ちながら、変貌した世界をどう歩み続けるかという問題です。
出典と参考資料
- クリーヴランド美術館 コレクション記録作品、人物、霧、遺民としての経歴、仏門での生活、地面の赤い筆触。
- メトロポリタン美術館、張風の山水画明の崩壊に対する張風の応答と、詩、視覚、音のイメージの交わり。
