夜でもなく、厳密には夜警でもない
本来の主題は、隊長フランス・バニング・コック、副隊長ウィレム・ファン・ライテンブルフが率いる部隊である。彼らはアムステルダムの市民隊の一員だった。かつて表面に積もった汚れと変色したワニスが画面を実際よりもはるかに暗く見せており、それが昼間の光景であり集団肖像画であるという本来の性格を覆い隠し、この題名を定着させる一因となった。
動き出す肖像画
当時の市民隊の肖像画は、注文主である隊員一人一人を均等かつ明瞭に描くのが常であった。しかしレンブラントは、その代わりに一つの出来事を作り出す。隊長は手を差し伸べ、副隊長は前へと踏み出し、一人の銃兵は発砲し、別の一人は弾を込め、太鼓手は行進の準備をする。光は一部の顔を選び出し、他は闇に沈める。注目の度合いは、行動そのものと同じくらい不均一なのである。
物理的に姿を変えた絵画
1715年、アムステルダム市庁舎の新たな設置場所に合わせるため、カンヴァスの四辺が裁断された。最も大きく失われたのは左側で、二人の人物が姿を消し、隊長の位置は本来の中心からずれることとなった。現在進行中の「オペレーション・ナイト・ウォッチ」では、最新のイメージング技術を用いてこの作品を調査しており、失われたカンヴァスをよみがえらせるのではなく、レンブラントが用いた画材、加筆の跡、制作の過程そのものを明らかにしている。
静止を拒む集団肖像画
市民隊の肖像画では、隊員たちを見分けやすいよう列に並べて描くのが通例であった。しかしレンブラントは、この部隊を動きのただ中に置く。隊長は身振りで指示を出し、副隊長は前進し、銃が閃光を放ち、太鼓手は画面の端で待機する。顔と顔は重なり合い、武器が身体を分断し、光は群衆のほんの一部だけを選び出す。この乱雑さは、まさに事の始まりであるかのように、周到に演出されたものなのだ。
この絵の広く知られた題名は、もう一つの点でも人を誤らせる。変色したワニスがかつて夜の場面であるかのように見せていたが、洗浄によって昼の光景であることが明らかになった。それでもなお影は本質的な要素であり続けている。それは時刻を示すためではなく、視線の向かう先を操るために機能しているからだ。最も明るく描かれた人物たちは、必ずしも階級や写実性に対応しているわけではない。光は市民隊を一種の演劇へと変え、代金を支払った隊員の何人かを、本人たちが期待したよりもはるかに目立たない存在にしてしまった。
出典と参考資料
- アムステルダム国立美術館 収蔵品記録主題、隊員の顔ぶれ、作品来歴について。
- アムステルダム国立美術館『オペレーション・ナイト・ウォッチ』技術調査、修復、そして新たな発見について。
