探検がパノラマへと姿を変える
ビアシュタットは1859年、フレデリック・W・ランダー率いる政府の測量探検隊に加わり西部へと旅した。現在のワイオミング州にあたるウィンド・リヴァー山脈で、彼は素描と油彩の習作を残している。完成した作品はのちにニューヨークで構成されたものだ。幅三メートルを超えるこの絵は、持ち運び可能だった現地でのスケッチを、見る者を包み込むような壮大な光景へと変貌させている。
驚異のために組み立てられた風景
水の流れが、前景の湖から輝く滝へ、そして中央の峰へと視線を導いていく。陽光は草地や岩、雪のところどころを選び出すように照らし、雲は他の部分を後退させる。この光景は、あたかもある完璧な一瞬にそのまま発見されたかのように感じられるが、その明快さは、取捨選択と拡大、そしてアトリエでの入念な構成によって生み出されたものである。
この光景の中に誰がいるのか
山々の麓には、ショショーニ族の野営地が描かれている。十九世紀の観客の多くは、こうした絵画を「明白なる使命」の思想を通して読み取り、西部の土地を入植可能な空白地として思い描いていた。その物語は先住民たちに深刻な結果をもたらした。彼らの存在はこの絵に記録されていながら、彼らの権利は西部拡張によって否定されたのである。この壮大さは紛れもなく本物であるが、その提示のうちに組み込まれた政治的な視座もまた、同じく紛れもなく存在している。
スケールこそがこの絵の主張である
ビアシュタットは、ひとつの光景のなかにいくつもの異なる距離を重ね合わせている。動物や人物が前景をかたちづくり、輝く滝が中景を印づけ、そのさらに奥に峰がそびえ立つ。それぞれの場面は、実際に観察されたかのように十分な細部を備えているが、全体の構成は、ひとつの視点から得られる以上に包括的なものだ。この絵は、山の規模を把握する前に、まず視線を旅させることを求めている。
この説得力ある壮大さは、二重の読み方に値する。それは、西部の地質と光を前にしたビアシュタット自身の率直な興奮を記録しているが、同時に、遠く離れた観客のためにその土地を商品として仕立て上げてもいる。前景に描かれた共同体は、その土地に人が暮らしていたことを証明しているが、パノラマという形式そのものは、手つかずの荒野という観念を助長した。この絵をよく見るということは、その視覚的達成と歴史的矛盾を、同じひとつの画面のなかに保ち続けることを意味する。
出典と参考資料
- メトロポリタン美術館作品記録、探検の歴史、先住民の視点について。
- メトロポリタン美術館 フォート・ララミー習作現地での習作と、本作に描かれた人物との関係について。
