空が作品の主張を占める
深紅、オレンジ、紫、青の帯が、画面の大部分に広がります。それに比べて下方の陸地は暗く、水、岩、秋の木々が、視線を上へ導く低い舞台を形づくります。空に浮かぶ淡い小さな印は鳥です。それが尺度を与えなければ、夕焼けはほとんど測り知れないほどに感じられるでしょう。
チャーチは壮観さと精密さを釣り合わせています。雲の縁はそれぞれ異なる光を受け、湖の反射は鏡のような複製ではなく、水面そのものによって崩されています。
荒野は習作から組み立てられた
舞台は、チャーチが1858年に素描したメイン州カターディン山に基づきます。完成したのは1860年、ニューヨークのアトリエでした。この隔たりがあるため、場面は写真のような記録でも、空想でもありません。記憶した天候、野外での観察、大きさについての判断から、意図して構成された風景です。
道も家も人も描かれていません。人の介入がないように見えること自体、大都市で都会の観客に向けて働く画家が設計したものです。
一枚の絵が展覧会になった
チャーチは、大作の風景画を宣伝と入場料に支えられた単独展示として見せることで知られていました。クリーヴランド美術館によれば、この作品はニューヨークで7週間展示され、何百人もの来場者を集めました。観客は一枚の画面へ、旅の目的地へ向かうように近づくことを求められたのです。
ナショナル・ギャラリーによるチャーチの概説では、このような大作は円熟期を代表する絵画に位置付けられます。その人気は、精緻な風景画を近代の娯楽を支える仕組みと結び付けました。
国家の分裂を目前にした夕景
この作品は、アメリカ南北戦争が始まる前年に発表されました。一部の鑑賞者や研究者は、血のように赤い空と一羽の鷲を、国に迫る危機のしるしと解釈してきました。クリーヴランド美術館は、その政治的意味をチャーチ自身が与えた確定的な暗号ではなく、一つの可能性として示しています。
この区別によって、作品の力は保たれます。全ての雲に一つの決まった意味があると装わなくても、色彩に差し迫る暴力を見ることはできます。黄昏は移り変わりの時です。昼の光は鮮烈に終わり、その後に来るものは画面の外に留まります。
出典と参考資料
- クリーヴランド美術館 コレクション記録作品、メイン州での習作、アトリエでの制作、単独展示、南北戦争をめぐる解釈。
- ナショナル・ギャラリー、フレデリック・エドウィン・チャーチチャーチの経歴と、1850年代末から1860年代にかけての大画面作品についての美術館による概説。
